(1) PHS

2000年9月15日金曜日、敬老の日、お昼少し前だっただろうか。私は友人Y夫妻の車に夫と同乗し、翌16日に軽井沢高原教会で行われる別の友人K夫妻の挙式に出席すべく、関越自動車道を長野方面へ向かっていた。当時まだPHSを使っていた私は、高速道路を走っている時は電源を切っておく習慣だったのだが、その日は偶然電源が入っていて、一休みしようかと高坂のパーキングエリアに車を停めた途端、そのPHSの着信音が鳴った。出てみると聞き覚えのない男性の声。名字を名乗ってくださっても、まだピンと来ない。説明を受けて、ようやく義兄(私の姉の夫)の親戚のE氏だとわかる。でもなぜ彼が私のPHSに?

姉夫妻はその頃、私の両親を連れてハワイ観光に行っていたのだが、姉からE氏に連絡があり、父が脳梗塞を起こし救急車で病院に運ばれ、現在ICU(集中治療室)で治療中だというのだ。姉は私が軽井沢へ旅行へ行くことは知っていたが、泊まる場所までは知らず、PHSに国際電話をかけられるものかどうかもわからず、ともかく連絡の取れるE氏に私のPHSの番号を教え、今夜私に姉が直接連絡できる方法を聞いてくれと依頼したものとわかった。

父、当時85歳。出発前ホームドクターに相談し、健康状態は良好と言われてのハワイ旅行だった。「脳梗塞」という言葉に頭の中が真っ白になった。命が助かったとしても後遺症が残り、今までの生活はできなくなるだろう…いったいどうしてそんなことに…しかし、考えても始まらない。E氏は詳しいことは何もわからないと言う。ともかく、しばし考えてから今夜のことを折り返し連絡するとE氏に返事をして、いったん電話を切った。

さて、どうしよう。すぐハワイに飛べるものでもないから、軽井沢にこのまま向かおうか、それとも引き返して自宅待機をしようか。夫と相談の結果、軽井沢に向かっても決して楽しい気持ちで結婚式に出席できないだろうから、K夫妻には申し訳ないが、出席はキャンセルして帰宅しようということになった。しかし車はY夫妻のもので、彼らは予定通り軽井沢に向かう。そこで、私たちはタクシーで帰宅することにした。しばらくあとでY夫妻に聞いたところによると、緊急事態なのでそのときは何も言わなかったのだが、彼らは軽井沢までの道をよく知っている私たち夫婦を頼りにしていたので、自分たちだけでたどり着けるか、非常に不安だったそうだ。

高速道路でタクシーを拾う事態になる人も結構いるのだろう。パーキングエリアの案内所で聞くと、すぐ教えてくれ、建物の裏手を出たところに公衆電話ボックスがあり、タクシー会社の電話番号がボックス内に表示されていると言う。高坂パーキングエリアの何処どこにいると言えば、すぐ来てくれるとのことだった。

PHSの電源を入れていなかったら、きっとあのまま軽井沢に向かい、向こうで留守電を聞いて慌てたことだろう。その後調べたところ、国際電話を受けるには、何も設定はいらず、そのまま受けられるのだそうだ。こんなに悪いニュースが飛び込んでくるなんて、いつでもどこでも緊急の電話を受けられる世の中は、よくもあり悪くもあるなあと、そのとき思ったのを覚えている。

さて、タクシーで帰宅したものの、まだ連絡がとれない以上何も行動は出来ない。ハワイとの時差は19時間。ICUに張り付いているであろう姉からの連絡をひたすら待つ。

ここはフレームページです。左側にメニューが表示されていない場合は、こちらをクリックしてください。