(7) 退院→入院

入院から10日あまりが経ち、間もなく退院許可が出るだろうという見通しになってきた。体力は十分回復してきているが、心臓がまだ落ち着かなかったり、血糖値の問題もあったりして、病院側は慎重だ。飛行機に乗って帰国するのであるから、気圧差に患者が十分耐えられるという確信が持てなければ、退院許可が出せないのは当然だろう。

主治医による退院許可は9月26日におりた。最後に詳しい説明があり、脳梗塞再発の可能性は、3ヶ月以内は30%、それを乗り切っても次の3ヶ月が要注意とのこと。けれども糖尿病と心臓の管理をきちんとすれば、まったく普通の生活が送れると保証してくださった。PTさんからも、機内で気をつけることとして、2時間おきに歩くとかトイレにいくとか、ストレッチをし、水分はどんどんとるようにという助言があった。看護師さんの話によると、父の年齢で、あの症状で入院してきて、これだけ元気で退院できた例は聞いたことがないそうだ。もともと頑健だった父自身の基礎体力と、さまざまな幸運、周囲の人たちの助けがすべてうまく融合されて、父は生還できたのだ。しかも、ほとんど後遺症なしで!これはもしかすると奇跡だったのかも知れない。

さて保険会社との関係で、父は保険会社手配の看護師に付き添ってもらって帰国しなければならないという制約がある。なかなかその看護師さんが見つからない。日本人看護師さんがよいだろうが、見つからない場合はアメリカ人でもよいか、などと保険会社と義兄との間で何回かやりとりをした結果、やっと適任者が見つかる。まったくの偶然なのだが、日本まで付き添ってくれることになった看護師さんは、父の入院時に散々世話になった日系二世のMMMC婦長さんだったのだ。日本語は堪能なので、これはありがたかった。彼女は病院勤務とは別に、救命センターのようなところに登録をしていて、長距離の患者付き添いなどの要請があった場合に、自分の休暇と時間が合えば引き受けるという仕事もやっていて、たまたま自分がMMMCで担当した患者の付き添いをすることになったといういきさつである。また義兄のほうも、彼女が候補に入るとわかって、強く彼女を希望したのだった。

いよいよ9月27日の朝、退院の運びとなる。義兄とホテルのロビーで午前5:50に待ち合わせ、病院に向かう。病院に着くと、夜勤の看護師さんが、お父さんは暗いうちから洋服を着て靴をはいて待っていましたよと教えてくれた。日本に帰れることが本当に嬉しかったのだろう。付き添いの看護師さんと落ち合い、退院手続きなどを済ませ、タクシーで出発。空港内では父は車椅子で移動。体力が弱っているせいか、しきりに寒い寒いと言うので、空港の売店でトレーナーを買ってきて着せてあげた。ハワイというのは、保温になるような衣類はまったく売っていないところだから、用心のために、ウールのものは一枚用意すべきだなと痛感した。

これだけの大病のあとだから、マウイ→ホノルル→成田と次々乗り継いで帰国するのは、患者の体力を考えた場合ハードすぎると思うのが普通だろう。せめてホノルルで一泊できればと思ったが、またまた保険会社の決まりで、途中泊なしで帰国しなければ、保険の対象外になってしまうそうなのだ。なんとまあ… 結局、MMMC→マウイ空港→ホノルル空港→成田空港→東京での受け入れ先病院、という風にすべて次々に移動しなければならないことになった。いくら看護師さんが付き添ってくれていても、父は大丈夫なのだろうかと本当に心配だった。

ホノルルから成田へはファーストクラス。ゆっくり足が伸ばせるのが嬉しい。父と看護師さんが並んだ席に座り、私は一列後ろ。飛行中は父の様子が気になり、大丈夫だろうかとしょっちゅう顔をのぞきこみ、何かあったらどうしようと胸がつぶれる思いだった。看護師さんのほうは、主治医の太鼓判があるし、父の状態に自信があるのだろう、きわめて平静だった。父は食欲はないようだったが、機内食の味噌汁がおいしいおいしいと、とても喜んでいた。塩分の感じられるものを12日間も口にしていなかったのだから、確かにそれはおいしかったに違いない。

何事もなく、日本時間の13:30に成田到着。保険関係など用事のため、義兄とは一旦成田で別れる。普通のタクシーで十分大丈夫と看護師さんが言うので、タクシーで一路練馬区の病院へ。病院の近くで私の夫が運転する車(母と姉が同乗)と落ち合い、やっと最終目的地のM病院にたどり着く。長かった!姉の顔を見たら、本当に無事に帰ってこられたのだと実感が湧き、涙がこぼれた。

入院手続きや、付き添い看護師さんが分厚い資料とともにM病院の医師に経過説明をし、父は病室に落ち着く。二人部屋だったが、なんとまあ狭いこと!日本の個人病院ではもちろん当たり前なわけだが、MMMCの病室の三分の一くらいしか広さがなく、これはちょっと気が滅入る環境だった。

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