職業柄、かなり年代の隔たりのある人たちと話す機会が多い。すると自分では当たり前のように使っている言葉が通じないことがたびたびある。外来語やIT用語が年配者に通じないのとは違う。れっきとした日本語である。「それは死語ですよ」と言われるのなら、少なくとも意味は通じているわけだから、まだよい。古臭く格好の悪い言葉だと指摘されているにすぎない。けれども「聞いたことがない」「意味がわからない」と言われると、さすがにジェネレーション・ギャップを感じざるを得ない。ここで取り上げるのはそういった絶滅寸前ではないかと思われる大和言葉の数々である。とりわけ美しい言葉というわけではないが、「このことを表現するにはこの言葉でなくてはならず、ほかの言葉では代替がきかない」と私が感じる言葉ばかりである。
言葉は時とともに変わってゆく。誰もが平安朝の言葉をそのまま使い続けることなどできない。また、言葉はひとつの時代においても一様ではありえず、年代・地域・生活環境・社会環境によって異なる相貌を見せるものだ。だからここで述べるのは、単なる一個人の言語活動から生まれた判断にすぎないことをお断りしておく。
言葉 | 漢字を当てると | 用例 | クラス* | コメント |
いみじくも | 彼はいみじくも言った。 | △ | 「巧みにも」「非常に適切にも」の意味で、おもに「言う」とともに用い る。他の言葉では置き換え不能なニュアンスがある。 |
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うっちゃっておく | 打っちゃっておく (←打ち遣る) |
打っちゃってはおけない 重大問題だ。 |
○ | 「かまわないでほうっておく」意味に用いる。相撲の決まり手の「うっ ちゃり」はよく知られている言葉なので、意味がわからないと言われ たときには本当に驚いた。 |
かかずらう | 拘らう・係らう | いつまでも、些事にかか ずらっていないで… |
○ | いく通りも意味があるが、「拘泥する」意味に使うことが私は多い。 |
ことほどさように | 事程左様に | ことほどさように人は当てに ならないものだ。 |
○ | 前に述べたことを受けて、次に述べることを「それほど」、「そんなに」 と強調する場合に用いる。日本古来の表現ではなく、英語のso 〜 that の訳語とされている。 |
さもしい | さもしい根性の人 | ○ | 「品性の劣る」「あさましい」と同義だが、「さもしい」という言葉で しか形容しがたいことがある。 |
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しゃらくさい | 洒落臭い | あいつは、しゃらくさい 真似をしやがる。 |
× | 「生意気である」「小癪な」の意味だが、私の感覚では、非難の度合 いがそれより薄れるように思える。TVで中年タレントがこの言葉を 使っていたが、傍らの若いタレントは意味がわからないようだった。 |
しょざいない | 所在無い | 所在なさそうにあたりを 見回していた。 |
△ | 「手持ち無沙汰」とは言葉の響きが異なるように感じられる。 |
ていたらく | 体たらく・為体 | 今じゃこの体たらくだ。 | △ | 自ら使うことは少ない言葉だが、軽蔑の念をこめた「有様」にあたる 表現は他にはないだろう。 |
よっぴて | 夜っぴて | 夜っぴて寝ないでいた。 | × | 「一晩中」より味があり、「夜もすがら」ほど古風でない。語源はオラ ンダ語のようで、大和言葉とは言えないが。 |
ろうたける | 臈闌ける・臈長ける* | 臈たけた女 | × | 時代小説ファンならおなじみの表現かもしれない。「年功を積み、 気品ある美しさを備えた」意味で使う。ある人を形容するのにこの 言葉を使ったところ「老獪な」の意味だと誤解され、機嫌を損ねて しまった(笑) *「ろう」は本来、くさかんむりの下に月と曷を書く字だが、Macintoshではこの文字が表示 されないので、やむを得ず「臈」を使った。 |
わりない | 理無い | 二人はわりない仲になった。 | × | 「わりない」には様々な意味があるが、「深く愛し合う」「極度に親密 な」というニュアンスで私はとらえることが多い。艶っぽい言葉に感 じられる。 |
*「クラス」の詳細:私が今でも日常的に使う言葉=○、話し言葉では使わないが 書き言葉では使うもの=△、私自身は使わないが、よく見聞きした言葉=× |
日本語に対し、私と同じような考えを抱いている人は、やはり少なくないようだ。昨年2003年12月に『懐かしい日本の言葉』(宣伝会議刊)が出版された。絶滅の怖れのある日本語360語が集められている。私のこのページに興味を持ってくださった方は、こちらの本もご覧になってはどうだろう。私がページをアップしたのは2002年9月なので、少しだけ先んじていたかなと嬉しくもある。私のページはたった10語しかないが、『懐かしい―』の目次の一部を見た限りでは、共通の表現はほとんど見当たらない。これからも自分の感覚で少しずつ増やしていきたいと思う。(2004.1.5)