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dans と vers
日時: 2010/06/19 03:53
名前: クルツ

またまたシムノンの同名の小説からです。

On vit un vieille dame qu'une infirmiere poussait, dans une voiture de malade, vers les premieres classes.

これは、ナチスをのがれて南下するべく、殺到する群衆を押し分けやっとの思いで汽車の貨物用の車に乗り込んだ主人公が、なかなか動き出さない汽車の周囲のさまを観察しているくだりの一節です。上の観察につづき、疎開しようとしている病院が患者をいっせいに運んできて、自分たちの座席を奪うんじゃないかという噂が紹介されます。

これもなんでもない文章なんですけれど、dans と vers のあつかいがややはっきりしません。「病人車のなかを(通って)一等車のほうへ、看護婦がひとりの老女を押しやるのを見た」と読むべきか、少し無理があるかもしれませんが、「一等車のあたりの、病人用の車に、看護婦がひとりの老女を押し上げるのを見た」とすべきか、迷います。前者に確信が持てないのは、他の人に自分の座席を奪われることをおそれてけっしてその場から動けない主人公が、停車中の同じ汽車の、一列に並んだ他の車の中が見えるはずがないという視点の位置の問題があります。外から車の中へ押し上げる様子なら、自分の貨車から首を伸ばせば見えないことはないわけです。とはいえ、この文章の主語は on ですから、この小説が主人公の述懐という形式をとっているとはいえ、主人公自身が必ず見ている必要はないのかもしれません。(文字数制限がかかりましたので、いったん切ります。つづく)

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dans と vers 2 ( No.1 )
日時: 2010/06/19 03:54
名前: クルツ

(つづき)それにもうひとつ、poussait という言葉もすんなりといきませんね。老人を押すのは看護婦にしてはちょっと乱暴な動作だから、プラットフォームから dans に「押し上げる」ほうが自然じゃないかという思いもあります。そうするとこんどは vers の扱いに困りますが、フランスの当時の鉄道の仕組みがわかりませんので適当な推測ですけれど、「(観察者から見て)一等車として使用されている車が連なっている方の(あたりの)、この非常時に病人用に当てられた車に」押し上げる、と読みました。一方また、あまり押すという訳語にこだわらないで、(この場合は、介添えしながら)向かわせるというくらいに読めば、最初の解釈も妥当になるのかも知れません。

そもそも dans と vers を併用し、〜を通って〜のほうへ、というふうに読めるのでしょうか。それなら dans の代わりに de とか par を使ってくれれば分かり易いのにと考えたりします。そうかといって、〜のほう(あたり)の〜のなかに、というのも可能かどうか、それも自信がありませんけれど。

よろしくお願いいたします。
Re: dans と vers ( No.2 )
日時: 2010/06/19 07:11
名前: てふママ

おはようございます。

クルツさんは、voitureを一両の列車を形成しているひとつの号車とおとりになったのですね?ですが、poussaitという動詞があるからには、voitureは、手押し車様のものととるべきではないでしょうか(当時のvoiture de maladeがどういう形状のものかわかりませんが)。

手押し車に乗せた患者を看護婦が一等車のほうへと押してゆくのだと思います。列車内ではなく、プラットフォームの様子なのでしょうね。現代の小型の車椅子だとしても、列車内を押してゆくのはスペース的に無理な話だと思いますので。

シムノン、私は大好きです。話も面白いし、文体に格調がありながら、洒落ていますし。
Re: dans と vers ( No.3 )
日時: 2010/06/19 10:58
名前: クルツ

おはようございます。

あっ!と、いつもながら不注意な読み方の死角を指摘されて、思わず声が出そうになりました。......が、ちょっと待ってください。voiture を列車の、個々の車両ととったのは、この箇所の3ページほどまえから、voirture de premiere classe や voitures de voyageurs など、まさに車両として使用されている voiture が何度か出てくるということ、また問題の文章の「dans une voiture de malade, vers les premieres classes」で、voitures de premieres classes としないのは、voiture の重複を避けるためでしょうけれど、もし手押し車のたぐいとしますと、これも charette a bras という言葉をほかの箇所(主人公が駅まで荷物を運ぶため)で使っているのですから、そういう紛らわしい使い方は避けたんじゃないかと考えらること(紛らわしいのはぼくだけかもしれませんが)、さいごに文脈からいっても、ちょっとまえのところで、健常な人たちを列車に乗せるまえに、看護婦たちがまず、embarquer les vieillards, les femmes enceintes, les enfants en bas age et les infirmes dans les voitures de voyageurs する光景が描かれているということがあるのです。(ちなみに、古い邦訳でも、ここの箇所を「病人の車両のなかで、老婦人を看護婦が一等車のほうへ、押しかえしているのが見られた」となっています。ただし、この邦訳は、ぼくがいうのもなんですけれど、ほんとうに誤訳が多くってほとんどあてになりません。)

如何でしょうか。てふママさんのご指摘にほとんど納得しかかっているのですけれど、以上のことがらをふまえてもういちど質問いたします。
Re: dans と vers ( No.4 )
日時: 2010/06/19 13:54
名前: てふママ

まずは、大した理由にはならないでしょうが、私でも一読してvoitureを一度も車両と思わなかったので、フランス人にとっては紛らわしくはないと思うのです。

次に、「病人用車両」の意味ならば、voiture de maladesとmaladeが複数になるはずだと思います。またvoitureの冠詞が不定冠詞なのも、車両ととりにくかった理由のひとつです。もちろん何両かが病人用としてあって、そのうちの一両の意味ならあり得るでしょうが、ここが不定冠詞であるが故に、他のvoitureと異質だという印象を持ち、車両とは考えなかったのでした。

第三に、クルツさんもすでに書いていらっしゃるように、病人用車両ならば、座席についている主人公からは見えるはずがないということがあります。

第四に、病人が自分たちの座席を奪うんじゃないかというのは、あくまで噂なのですよね?それなのに、病人用車両とすでに主人公が断定するのは、ちょっと論理が通らないような気がします。

第五に、引用してくださったembarquer les vieillards, les femmes enceintes, les enfants en bas age et les infirmes dans les voitures de voyageurs を見ますとなおさらなのですが、私はこの物語の筋を知りませんけれど、通常の弱者たちはそのようにどんどん客車に乗せてしまうのに、ある婦人だけ特別扱いで(しかも病人用の手押し車に乗せられて)、ファーストクラスのほうへ連れていかれるということが、主人公の注目に値したのではないかと思えました。これが発端となり、動けない病人達が次々と運ばれてくることになるのかどうかは、先を読まないとわからないわけですが。

続きは、次のスレッドに
Re: dans と vers ( No.5 )
日時: 2010/06/19 13:55
名前: てふママ

最後に、年代が異なると思いますので、さほど参考にはなりませんが、古い時代のvoiture de maladeなるものを描いたポストカードがありました。
http://www.lamiacite.it/LOURDES%20SANTUARI/foto%20gallery/foto%20gallery/antiche/lourdes-_une-voiture-de-malade.jpg

pousserの目的語がvoitureでなく、dameであることが引っかかっていらっしゃるかも知れませんが、それに関しては、「看護婦が手押し車に乗せて押している婦人」と十分解釈可能だと思います。
Re: dans と vers ( No.6 )
日時: 2010/06/19 14:47
名前: てふママ


更に付け加えます。voiture de malade以外に、病人用手押し車の呼称はあるだろうとは思いますが、現代でもambulanceをvoiture de maladeと呼ぶことがあるので、医療関係者ではない(ですよね?)主人公がvoiture de maladeという極めて一般的な語彙を用いて物を考えても不思議はないと思いました。
Re: dans と vers ( No.7 )
日時: 2010/06/19 15:13
名前: クルツ

懇切なご解説、ありがとうございます。

voirture de malade の写真を拝見し、また、これが病人用の車両なら、malade に s が付されているべきだというご指摘を受け、まったく納得いたしました。

ただひとつ、ぼくの書き方がいけませんでしたが、この場合、健常な男女はみんな貨物用の車両にしか乗れないんです。ですから座席というよりも、貨車のなかに確保したスペースをあらそっているわけです。したがって、それ以外の妊婦や幼児などはみんな看護婦の指示で客車に乗せられるんですけれど、この客車 voitures de voyageurs は、健常な人たちが乗り込む wagons de marchandises との対比で使われていて、客車という言葉の中に一等車や二等車も含まれているんじゃないでしょうか。げんに主人公の妊娠中の奥さんと四つになる女の子は一等車に乗せられました。ですから、一等車を含む客車はすべて病人や妊婦用にあてられているわけですので、ぼくの書き方のせいですけれど、てふママさんの第四、および第五の根拠は、少しちがうことになるんだと思います。ただ何度もいいますけれど、これはぼくの書き方が悪いのです。ぼくの不充分な説明のせいでてふママさんが間違っていると他の人に思われちゃいけませんので、蛇足ながら申し添えました次第です。

なんども有益なご教示をいただき感謝しております。
また近々質問させていただくかもしれません。その折はよろしくお願いいたします。

追伸。No6 拝見しました。いよいよすっかり納得です。ほんとうにありがとうございます。
Re: dans と vers ( No.8 )
日時: 2010/06/19 17:39
名前: てふママ

お気遣いとご説明をありがとうございました。

なるほど、それならvoiture de maladeを病人用車両とする想定ですと、病人専用車ではなく、この婦人は単に高齢者だから、高齢者や妊婦たちがいるほうへ行ってくださいと押されているのだ、という解釈なわけですね。クルツさんがNo. 3でわざわざ引用してくださった意味が明確になりました。

もうクルツさんには納得していただいたようなので、余計かも知れませんが、あらためて書き添えますね。「一等車のあたりの、病人用の車に、看護婦がひとりの老女を押し上げるのを見た」には決してとれないと思います。それならば、poussaitのあとに , があるのが不自然ですから。

「病人車のなかを(通って)一等車のほうへ、看護婦がひとりの老女を押しやるのを見た」という解釈を私が採用しなかった更なる別の理由は、説明しにくいので、これまで書きませんでしたが、おそらくdans une voiture de maladeの位置なのだと思います。これは感覚的なものなので100%の自信があるわけではありませんが、「病人車のなか」で起こっている様を主人公が見たのなら、この位置には来ないと思えました。On vit, dans une voiture de malade, une vieille dame... なら、そう解釈したかも知れません。poussaitの後にあることで、これはvieille dameの状況説明だと、勝手に頭が理解したのでした。

もし読み進まれて、不整合が起こるようでしたら、またお知らせください。
Re: dans と vers ( No.9 )
日時: 2010/06/19 18:41
名前: クルツ

さらなるご説明を拝読しました。

dans 以下の句の位置について、ぼくは思い至りませんでしたけれど、おっしゃっていることはよくわかる気がします。たしかに、voiture が病人車両なら、on vit のあとが適当ですね。ぼくは、もっとたくさん仏語にふれて、正しく自然な勘みたいなものを身につけないとだめですね。

では、次の機会には、またよろしくお願いいたします。

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